国内外でご活躍中の舞踊家である酒井はなさんにインタビューをさせて頂きました。
VFP®で今まで知らなかった身体の使い方を知り、自分の身体との対話が深まった
Q: 酒井さんはFluid Harmoniの代表でVFP®の考案者でもある荒さんのセッションを、随分長く受けていらっしゃるのですよね。最初に、どんな風に出会ったのかを教えていただけますか?
酒井さん: もう10年くらい前になると思うのですが、咳が続いて、4か月以上止まらなった ことがあったんです。何をしても治らないし困ったなと思っていたら、「荒さんという方がいて、私は症状が治ったよ、良かったら行ってみる?」と友人に勧められ荒さんのことを知りました。「普通のマッサージとか、整体とか、皆が思うような 治療とは全然違うけど、色々なことを見てくれるから」と言われて、すごく興味を持って。 そしたら、最初のセッションですごく「ゆるまった」んです。バレエって身体をタイトにしていないと動けないものなので、バレエダンサーは小さい頃から身体をギュッと絞って使うようにクセ付けるんです。常に「より鍛えて、身体を絞って」を繰り返すことで軸を細くして良いパ フォーマンスが出来るようにものすごい練習量をこなします。子供の頃からクラシックの正確なポジションを習得するために同じことをひたすら繰り返す。だからどうしてもストイックにもなりがち。髪も、キュッとひっつめて、身なり身のこなしを「きちんとする」というクセがついちゃっている。 ダンサーはしっかり休むことの大切さは頭ではわかっているけれど、「これだけの練習をやってきた」 ということが自信になるので、ついついやりすぎちゃうんです。 私は荒さんの最初のセッションにより身体が「ぎゅっ」としていたことに気づいていくんです。「まず、ほどいてみましょうか」という感じでゆるませてもらって。ずっとタイトにするのが当たり前になっていたけど、「そっか! 身体ってそれを望んでいないのか」とすっごく驚いて。その「ゆるまる」感覚が、とても印象に残っています。そして咳が止まっていました。
Q: Fluid Harmoniで感じた「ゆるまる」とは、具体的にどんなことでしょう?
酒井さん: 何というんだろう・・・。「正しく身体を知ること」かな? 身体って神様が作ったのか、色々な進化を経てこうなったのか、とにかく本当によく出来ているんですよね。 バレエが好きで身体を酷使してまって、気づいたら壊しちゃうことが結構あると思うんです。身体って100人100様でしょう? 例えば股関節が開きやすいとか、もともとの身体がバレエのシステムにぴったり合っている人もいるけれど、私の身体はそれほどバレエに向いていなかったんです。つまりアンデオール(外足にする)することが大変だった。だから、かなりの努力をして身体をバレエに合わせて矯正してきました。バレエの仕組み・型に身体を合わせるのは非常にハードです。年齢を重ねる中で、その代償が出てきていたんです。 でも、荒さんのところで「正しい身体のあり方」を知ったら、「自分がこうやりたい」「こうあるべき」だからって、身体を自分に服従させるのではなく、自分の身体と協力しあっ て、「どうやったら自分と身体が共にいられてよりよくバレエをできるか」「バレエと仲良くしていけるか」を考えられるようになった。もちろんバレエの仕組みからは外れることなく、その仕組みの中で身体を無理なくバレエに沿わせていくことが出来るようになっていったんです。バレエをしている人が皆、身体のすべてのパートの正しい使いようを把握して、自分の身体と相談し、気付きを楽しみながらバレエに取り組むことが出来れば、きっとケガが少なくなくなり、長く踊れるんじゃないかって、今は思っています。
Q: セッションでは、実際にどんなことを体験されているのでしょう?
酒井さん: なんかね、身体の旅をする感じ? 自分の中にある骨、関節、臓器、血管、内臓など色々な身体の中にいる方々と出会って、「わぁ、意識してあげたことなかったね!」という 部分と出会って話していく。「あ、ここが痛いと思ってたけど、実は内臓が疲れてたんだ? 食べすぎた?」とか、色々と気づく中で身体が整っていくんです。 自分でやろうとしても色々気が散ってしまうけれど、ここに来ると、ただただ血液の流れる音や心臓の音を聞いて、「本当はどうしたかったんだい?」って身体に聞いてあげられ て、それをしていく過程で身体が喜ぶ感じがすごくわかる。あと、荒さんは「痛い」と言った部分と全く別のところからアプローチされることも多くて。自分では身体に気を付けているつもりでも、好きなトレーニングのルーティン、好きな身体の使い方があって、どうしても偏りがあるんですよね。で、同じ使い方だけを繰り返した結果、痛みの原因になってしまったり。 そういう中、荒さんのセッションでは「体内の自分では訪れられない場所」に連れて行ってくれるのが、すごく楽しい。普段とは違うルートに行って、「寄り道してごらん?」と言われている感じがすごく楽しいんです。

以前よりもっとハッピーに自分のすべてを捧げられるようになれました。
Q: セッションを重ねることで、何か変化はありましたか?
酒井さん: はい。変化し続けてます。身体を今までみたいに「集めよう」としなくても、実はすでにちゃんと集まってくれていることに気づきました。身体がゆるまっているからこそバランスがとれて、ちゃんと細いところに集まれる。それに「今日は無理しちゃったな」とか「今日は共に踊ることが出来た、身体が私をサポートしてくれた」とか、そう思えるようになりました。 あとね、プリンシパル(※注1)ってやらなければいけないこと、背負っているものが多いんです。なので、どうしても自分のことを犠牲にしてしまう。身体あってのパフォーマンスであることは重々承知しているにも関わらず、身体を摩耗させちゃうんです。頑張りすぎずに良いパフォーマンスをしていくということが、荒さんと出会ってから現実的に出来るようになってきました。
Q : 「身体を大事にしてあげられる」ということですか? それだけでない側面もあるのでしょうか?
酒井さん: 私、ずっと「何かのため」という気持ちで、踊ってきたんです。ダンサーは作家が作りたい作品、哲学を身体で表現する仕事です。自分が踊ることで、その作品を最上のものにして、お客様、一緒に踊る仲間、作家さん、関わってくれた大勢の人、みんなに喜んでもらいたいし、そこに対する責任も負っている。バレリーナって本当に真面目すぎるくらい真面目なので、自分が休みたい時でも、ひたすらトレーニング、レッスン、リハーサルと身を粉にして働き続けてしまいます。 皆さんに喜んでもらうために自分を捧げるというような気持ちが強い。 でも「それだけ」を猛烈に思って自分を犠牲にしていくのではなく、もっとポジティブに自分を讃えながら捧げる方法があるんじゃないか、という風に変わってきています。「少し痛いけど我慢して」ではなく、自分も周りの皆もすべてがハッピーで、そのハッピーな中でお捧げするというか。自分の身体も、周りの人々も、健やかさも保ちながら作品と向き合える方向があるんだと気づけた感じです。それと、自分を犠牲にすることに酔ってしまう部分もあったんだなと思うんですよね。でも、年齢を重ね経験を積んだ今は「それは違う」と感じます。
Q: 身体だけじゃなく「心」みたいな部分にも影響があるということでしょうか?
酒井さん: 純粋なフィジカル以外への影響も大きいですね。例えば、足がギュンっと上がるみたいな身体の強さは、若い頃の方があったかもしれません。でもそういう若さゆえのフィジカルの強さとは違う表現がたくさんできるようになってきたんです。一番違うのは、「発見した神経回路」をたくさん使えていること。舞台に上がった時って、それがすっごく大事。実は筋肉が動く前の意識やイメージが大事なんだと。もちろんしなやかな筋肉でラインの美しさを見せるよう躍動してボディが動くことは大切でそこがダンスの魅力です。でも、今は、思考、イメージ、意識など、本来は見えないであろう、その人の精神のようなものが見え、それにあわせて空気が動く、そんな時に「いい!」と感じるんです。その人自身、精神、その人の在り方そのものが見えるパフォーマンスだからこそ素晴らしいし、私はそれをやりたい。今は、そこに近づけているんじゃないかな、という実感があります。 結局、身体は、経験や思考、それ以外も全部含めて、「生きている」ってことがすごく大事! 「生きている」っていうのがライブパフォーマンスの最大の魅力だと思います。その人自身の在り方がそのまま表れて、その踊りでその人の生き方まで分かる。だからこそ、「その人がやる意味」があると思うんです。
Q: パフォーマンスは技術だけでなく、「その人自身」も見えてしまうんですね。
酒井さん: だから、「どう生きているか」はすごく大事。どんな人なのか、日々、どんな風に生きているのかを丸々お見せするような仕事だからこそ、日々の暮らしを大事にしていきたいなと思っています。
注1: プリンシパル=「最も重要な人の意味でバレエ団に所属するダンサーの中での最高位ダンサー」を表す。基本的には主役を演じる。

「生きているということ」「どう生きているか」こそが、パフォーマンス。
Q: VFP®は、そういう生き方というか、踊り以外の部分にも影響しますか?
酒井さん: すごく影響します。私が何のためにここ来ているかと言ったら、「健康になるから」。シンプルに心身ともに健康になって、身体も心も「正しいところ」にいられる、 その状態をキープできるようになれる。そのために、月1回ここに来続けています。 健康を保つことってバレリーナにとっての仕事の1つなのだけれど、先ほども話したように、バレリーナって休みたい時間までトレーニング、レッスン、リハーサルに明け暮れてしまうんです。そういう中においても、心が穏やかで、「ちゃんと日常を生きていけるような心と身体があること」が健康だと思っていて、荒さんのセッションはそのバランスを整えてくれる。本当に得難い時間です。
Q: 改めて「正しいところ」とか「ちゃんと生きていける」とは、どういうことでしょう?
酒井さん: 身体って自分のものだけれど、自分だけのものじゃない、「もう1つの個人」という感覚があります。つまり自然に属している。「身体は自分だけに従属しているものじゃなかった」それなのに若い頃はすぐに回復するし、本来はデリケートな身体を「自分だけ所有物のように鞭を打ってタフに扱ってしまった」という反省があって。なので、今は出来るだけ身体ファーストでいたいし、 そうすると身体は機嫌良くいてくれる。なるべくすり減らさずに大事にしたいし、それが心の豊かさにもつながると思うんです。もし、身体ファーストで生きる人が増えたら皆ハッピーで諍いがなくなるんじゃないかなって、本当に思っています。 抽象的な表現になりますが、最近は「自然」に向けて踊ることが多くなってきて、「日頃が踊りだな」と思います。劇場の中での出来事、起きたことだけが舞台なのではなく、「生きている」ということが踊りであるんだろうなと。踊りの陰に日々の暮らしがあるので、朝のお茶を美味しく入れたとか、日々のご飯を大切な人と美味しくいただいた、とか、そういうことがひとつひとつが大事になってくると思います。時間をゆっくり味わう生き方が贅沢で、その感覚が踊りを豊かにするんじゃないかって。舞台だけでなく日常こそ大切で丁寧に過ごすようになりました。
Q:「効率」みたいな考え方を、どんどん止めていっていらっしゃる感じですね。
酒井さん: 私の夫は「寄り道しかしない人」で、最初に出会った時はカルチャーショックだったんですよ。でも、なんて素敵なんだろうと思えて。寄り道したおかげで今までみているようで見えてなかった光景やモノが輝いて、例えて言うなら白黒がカラーになったみたいに。 寄り道がないとね、伝書鳩になっちゃうの。私は昔、家とスタジオの往復だけのまさに伝書鳩生活で、朝は6時に起き10時からクラスして、リハーサルをしてから帰ったら夕飯を食べて寝るだけだった。
VFP®も自分が使いやすい「いつもの最短距離」だけではなくて、知らなかった身体の色々な場所に連れて行ってくれて、「うわ、ここ初めて」という楽しさが味わえるじゃないですか。身体でも、生きていく上でも寄り道とか、無駄って、すごく大事だと思います。システマティックじゃないのが人間の良いところだし。あと身体がゆるまるからこそ心の余裕にもつながって、寄り道もできるので・・・。うん、全部つながっていますよね。 生きているということ、どう生きるかということがパフォーマンスになると思っているので、舞台の前の準備も以前とは大きく変わりました。昔は「必ずこれをしないと上手くいかない」「どんなに身体が疲れていてもレッスンをしてから本番を迎えなきゃ」と思い込んでいて、全部ルーティンを決めていたんですが、「全部変えてみよう」と思って。今は、「本番に向けて全てを良くするのはどうしたら良いのだろう」と考えて、休んだ方が良さそうならちゃんと休むし、軽くアップした方が良ければゆるくバーレッスンだけをしたり。身体に無理をゴリ押ししないことを最優先にしています。
Q: 色々お話をうかがってきましたが、VFP®は「どんな人」に向いていると思いますか?
酒井さん: 若い方に知って欲しいと思います。身体に対する知識を得ながらバレエに励むことでケガが圧倒的に少なくなると思うので。自分がバレエを教えていて気づくことなんですが、人には吸収できる時とそうでない時があるんですよね。どんなにこちらが伝えたくても、相手に受け入れ態勢が出来ていないと伝わらない。でも自分の身体を大切にしたいと心から思っていて、「どうしたら身体が良くなるか」を真剣に切実に考えている人は吸収力があるように感じます。 すると身体ってちゃんと変わるんです。趣味でやっている方にレッスンをする時も、「人にどう見られてもいいから、ちゃんと自分の身体を感じてごらん」と言っています。「伸びよう」と思って、身体と一緒に協力して、「伸びた、長くなった」っていうのを体感するとすごく楽しいし、同時に「この人は、こういう意図で身体を使おうとしているんだ」って外から見てちゃんとわかる。その時は「今のいい!!」って大きな声でしっかり伝えるようにしています。身体と対話しながら踊り、実感していく楽しさを少しでも発見して欲しいな、それを一緒に味わいたい、と思って教えています。荒さんと、少し似ているかもしれませんね (笑) 。

プロフィール:
酒井はな(舞踊家)
5才よりバレエを始め、畑佐俊明、牧阿佐美、三谷恭三に師事。93年牧阿佐美バレヱ団入団、18才で『くるみ割り人形』主役デビュー。97年開場とともに新国立劇バレエ団に移り、プリンシパルとして数々の初演を含む主演を務める。優れた表現力と高い技術に品格の備わった、日本を代表するバレエダンサーのひとり。クラシックバレエを中心にコンテンポラリーダンスやミュージカルにも出演。2013年島地保武と共にダンス・ユニットAltneu<アルトノイ>を立ち上げる。09年芸術選奨文部科学大臣賞、15年第35回ニムラ舞踊賞、17年紫綬褒章、18年第39回橘秋子賞特別賞、21年東京新聞舞踊芸術賞受賞。 洗足学園音楽大学バレエコース客員教授。DaBY(Dance Base Yokohama)ゲストアーティスト。愛知県芸術劇場ダンスアーティスト。
インタビュアー: 株式会社カケラ 小池佳代
Photo:荒クリスティーネ